苦痛

苦痛は瞬時に消える

苦痛の感覚が強ければつよいほど、その感覚が見られたとき、幸福感も強くなります。ではなぜ、私たちはこんなにも苦痛なのでしょうか。それは、見ているものが苦痛ではないからです。現実社会があまりにもリアルなので、目はそちらを向いています。その世界のみが存在すると決めつけられています。その世界でのみ苦痛は解決されねばならないと思い込まされています。誰によって? 自分です。

人間は夢を見ます。そのときはその世界が現実ではなかったでしょうか。つまりは意識の問題でしかありません。現実世界に身を置きながらも、ひどい苦痛を瞬間的に治癒することが人間にはできます。リアルな社会を無視し、目を瞑り、自分のなか、いまそこにある苦痛の感覚を見るだけです。一切の思考を挟んではなりません。三秒ほどなら思考に邪魔されずにすむでしょう。しかしその三秒で良いのです。苦痛は消え失せ、もともとそこにあった美しい幸福だけが残ることになります。

肉体脳からすれば、あまりの多幸感ゆえ、内的世界の第一歩に驚き戸惑うかもしれません。しかし、それは文字通り第一歩です。瞑想を深めたときの至福は言葉を超越します。そして瞑想は座って行うものというわけではありません。瞑想とは見ることです。見るときには観察者であるマインドがあります。厳密にいうと、観察者は思考です。思考が、考えている人、というものを考案しているだけです。したがって、思考者も思考も、見られたとき、消えなければならなくなるのです。ゆえに、「わたし」という感覚に意識の焦点を引き戻す方法、ラマナ・マハリシや、ニサルガダッタ・マハラジなどが教えた方法は、内的な王の御前へと導く最も直接的で理にかなった瞑想となります。

いま苦痛のまっただ中にある方、どうか、その世界があなたの居場所だと信じないでください。表面的な五感、人生の難事、生き、動き、活動する肉体の存在、これらはリアルに感じられます。一回忘れてください。その世界にしか存在場所がないのであれば、私たちは地獄に生きているのと同じことです。天国はいまここに、内側にあります。外の世界で正しく生きることは重要ですが、その世界から生きるのではなく、内部の王国から生きることができるよう、どうか、棲家を変えてください。そこは守られています。どのような危険も及ぶことはありません。この地獄でしかない世の中にあって、苦痛から自由になるために、自殺だけが希望という悲しい現実にならないために、どうか、棲家を変えてください。内側に、帰ってきてください。

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