対話

うつ病の息子を持つ母親 -2-

「何の解決にもならなかった。くそいまいましい。おまえに教育を語る資格などあるのか。相談をもちかけた自分に腹が立つ。いい歳をして子供もおらぬ鰥夫に何が分かるのか。ろくな金も持たず、社会の底辺しか知らない世間知らずの乞食ふぜいが、なにを偉そうにわたしをこき下ろすのか。まずもってわたしが変わらねばならないだと? 今日も明日も、そして何年も、これから息子は苦しみ続けるのだぞ。幼稚にすぎるおまえの詭弁が、この急を要する現実に、いったいなんの力を及ぼしえようか。おまえは偽善者だ。本物の苦しみを分からぬ白痴だ。汚物のように社会からはじき出され、大声を出そうにも声が出ない、そんな状況でおまえがみじめに事切れることをただただ願う」

要約しているが、ひどく長文だった。わたしへむけて母親が放った激情。言葉に滲みでる顔と血が、母親のうちに流れる御しがたいばかりの怒りによって、一字一句、鋭利な刃物となり、つんざく勢いで、わたしの精神に襲いかかった。日の昇らない未来への恐怖。追い詰められた手負いの獣にも似て、その精神はすさみ変じ、性別の断もならぬ連綿たる言葉の棘と棘たちをわたしは見た。時間をかけて二度、三度と見た。わたしは希望を失っていない。

詩人がいずれ言葉というものに絶望しなければならないように、相まみえることのない異質性は、時間を越えた距離となり、やがてそぎ落とされた耳、くり抜かれた目の玉となって、邪悪なすがたでおのれと周囲を墓場へみちびくことになる。このシナリオを踏ませることはしない。

人がだれかにものを聞くとき、自分の精神が歪んでいる場合、その解釈は善良な種子を失わねばならなくなる。攻撃をするものがいる。「反」と唱えるものがいる。非難し指さすものがいる。暴力でこじあけてくるものがいる。わたしは自分を守らねばならない。否定され、穴のあいたこころの四方八方から血を流し、分解されゆくおのれを傍観するわけにはいかない。敵対するものはわたしの世の中に存在してはならない。わたしが受けた傷が喜ぶような方法で彼岸へ送り込む。さもなければ気が休まることはない。傷つくためではなく、葬るためにわたしは血を流す。

だが十の言葉を話すとき、一から始めなければ順は進まないのだ。一を全と解釈されたらすぐさま登攀を中断し、いくらでも下りていき手をつなごう。登り切るための手段はある。雲を眼下にみおろすように、見上げるものがすべて闇だった呪いの季節が、一時のまぼろしでしかなかったことを、ともに敬虔な心持ちで広く理解するためにも諦めてはならない。捨て鉢になってはならない。十を一で語ることはできない。一は一だ。十の景色がはるかかなたに思えようとも、視界は必ずはれてくる。暗い世界は明るい光を浴びはじめる。問題は解決へとむかいはじめる。困難が困難でありつづけることの困難さを、わたしたちの守護者が教えてくれる。自滅へ走るものに足が追いつかなくなるまえに、ふたたび手をつなげるよう、わたしは全力で走る。




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