パワー

うつ病患者との対話

メールの内容を見るかぎり、その方は多くの問題を抱えているようだった。浮気をした妻と離婚し、家の一切を取り仕切る人間がいなくなった。うつ病が悪化し辞職。家事はまるきりできない。空腹はコンビニ食で済まし、家はゴミ袋でひしめいている。子供はできなかったが、皮膚病に苦しむ犬が一匹、家に取り残された。世話はドッグフードのみで散歩もシャンプーもなし。1LDKの家は、みるみるうちに糞尿とゴミの腐臭で充満するようになった。貯金は多少あるものの、底をつくのは時間の問題だという。

遠く離れた面識のない友人。メールでやりとりを続けるなか、姿かたちは分からずとも、彼という人間の人となりが徐々に輪郭をあらわしてゆく。

個人的な、外的な生の問題にわたしが対処することはできません。可能なのは、問題と真剣に向き合う意志がある場合のみ、精神の重荷をいくばくか解放できるよう試みることだけです。ところで、誰もが周期的に抱える大小の外的な問題に対して、いまあなたの精神はなにを一番うったえているのでしょうか。

「すべてに対して無力であるということです。病気のせいにしたくはありませんが、私が健常者から遠くかけ離れてしまったのはたしかです。妻であった女のことは恨んでいません。そういう女であった、というだけのことです。男に対しては殺すつもりでした。いつ、どのような手段で実行するかという問題だけでした。数々の想像を巡らしましたが、時間とともに馬鹿らしくなりました。実家に、老いた母がまだおります。残り少ない人生を悲嘆で苦しめるわけにはいきません。家には犬がいます。私がいなくなったら保健所のガス室で殺されるでしょう。私にできるのは、彼女に餌をやり、一緒にいてやることだけです。あとはベッドで苦痛のまま横たわっています。いつ貯金がなくなるのか、そのときが私と彼女の命日なのかと、ひたすら絶望に暮れています」

ほとんどの病気は精神に由来します。回復もまた精神を源とすることができます。あなたは病気であり、力がないと仰る。また、貯金が底をつくことを恐れておられる。しかし、あなたに力が宿るのであれば、外的な問題の大方が片付くのではないでしょうか。ちょうど、怒りがあなたに情動というパワーを与え、殺人という極端な計画を推進させたように。ところで、力や意志というものは、自分自身の問題に囚われれば囚われるほど、失われてゆくものです。あなたのエネルギーは自分の問題に対する不安や心配に注ぎ込まれています。この注目によってさらに病状が悪化します。この向きをいかにして逆流させうるでしょうか。ここまでの話は大丈夫ですか?

「ええ、確かに殺そうと思っていたときには力が宿りました。極力、残酷な殺し方をしようとしていたのです。あのような力が今度は正しく、外的な問題に向けられるのなら、たしかに望ましい方向に収束するとは思います。ただし、私は本当に病気で気力がないのです。お金も底をつくのが分かっています。問題が多く、自分の困難な生に対して最大級の注目をそそがざるを得ないのです。そしてそれが恐怖と不安から来ているのは確かです」

ある賢者がこう言いました。「かくもおびただしい貧困と窮状を前にして、なお金持ちであるためには、よほどの厚い皮膚が必要である」と。あなたにはまだお金があります。段ボールで暮らしているわけでもありません。現状の一点を見るだけであれば、あなたの問題は金銭ではない。また、裕福さはあなたの精神を愚かにし、一時的な問題解決というまやかしを見せるだけです。多くのお金持ちが破産します。なぜでしょうか。あなたの話と同じく、利己的な情動に振り回されたからです。それを統御する賢い目も精神も彼らにはなかったのです。あっても失われたのです。彼らを操ったのは利己主義という悪魔です。あなたは金持ちではないため恵まれています。まずは現状、お金が問題ではなく、力の欠如が問題であるというところまで、大丈夫でしょうか?

「現状でいえばそうです。しかし貧困への恐れは消えません。ただ、本当に気力が戻るのであれば働くことはできるでしょう。あと、あなたの言われる利己主義に陥らず、つつましい生活を大切なものとして受け入れるかぎり、金銭の問題も解決するでしょう。しかしながら、この鬱という病気が治るとは思えません。現代医学ですら完治することはないと言っているのです。絶望的です。昔のような力が自分に戻ってくるとは思えません。まるで別人なのです」

むしろ、昔以上の力をあなたは受けとるでしょう。我々の世界の背後には無限のエネルギーが存在しています。どの程度、そこからパワーを享受できるかは、その人自身にかかっています。あなたの目は個人的な問題に向き、そのため目的が低次であり、少量のエネルギーしか受け取れません。そのうえ、たえず悩みごとに目を向けることで、エネルギーを散失し続けています。また、運動の習慣がないため、エネルギーを受け取る器、ここでは肉体と言っておきますが、肉体の衰えにより、さらにエネルギーの享受に制限がかかります。目を外に向けるしか方法がなくなってきたことがお分かりでしょうか。

あなたのエネルギーが許す小さな範囲で、少し何かをやるのです。ゴミ袋を一つ外に出すだけでもいいでしょう。部屋を少し清めることもできます。皮膚病の犬のために思いやりのエネルギーを差し向けるだけでもいいのです。やっているうちに、力が宿ってくる感覚を覚えるでしょう。もう少しできる、という力の感覚を味わうでしょう。このとき、私の言っていたことが事実であったことを確認してください。自らのエネルギーが良い方向へと流れ始めたことを意識してください。目の向きを変えたときに力が宿った感覚を認識してください。これが私たちの信頼関係のはじまりです。持っているエネルギーが少なすぎるため、最初はすぐ疲れますが、自分の悩みを脇にのけるというエネルギー習慣、自分の力が許す範囲でできることを行うという喜びが、愛着とともに身につくのです。今回はここまでとしましょうか。多少力がついてきたとき、また一段高い話に耳を傾けてください。うまくゆかず行き詰まったときは、また連絡をください。忘れてはならないのは、自分の問題にエネルギーを注がない、ということです。

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