トラウマ

トラウマに苦しむ友人

(※この記事は本人の許可によるものだが多少のぼかしを入れている)

彼女は北欧の血が半分流れている。宝石のように色鮮やかな目は、生来の純真な性格と、自分を律するたゆみのない精神の輝きを映し出していた。愛くるしく、また際だった美貌が、日本という国にあって、ある種の嫉妬と羨望の的になりはしたが、素朴で理性的な両親の愛情に恵まれて、本人はいたって純朴に育ち、内省的な人間に顕著な特徴である、自分の容姿を云々されることを避ける賢明さを持ち合わせていた。

この彼女もやがては年頃になり恋に落ちることになる。180cmに近い彼女よりもはるかに大きく、たくましい外観を持つ同世代の青年だった。彼を見ていると、あるときは氷のように厳しい視線を眼下に落として沈思黙考に耽る。またあるときは雪解けの太陽のような明るさで彼女をやさしく迎え入れて包みこむ。ふしぎな魅力に惹かれて、恋心は日増しに強くなるばかりであり、ついには女の純血を捧げて夢の日々を送るも精神の堕落に気づく注意深さは失われていた。

崩壊

ほどなく、学校で嫌な噂を聞くようになる。彼女は臭く、足が太いというものだった。何のことか分からなかったが、やがて理解した。涙をこらえて彼女は青年を探した。驚くことに、彼は一切の連絡や伝達を無視した。目も合わせてくれない。悲しみを抑えきれず、また彼の変貌が信じられず、衝動的に彼の家まで行ったが無駄だった。怒り狂う青年に怒鳴られ、一生忘れえぬ言葉を吐かれ、未来や希望は目の前で溶けた。このようにして彼女は男の性質(さが)を知り、夢の日々は忌まわしき過去となり、現実は苦痛と悲嘆で塗りつぶされた。理性を忘れて浮かれた自分を彼女は責めた。あの愛くるしい笑顔は皮膚ごと引き剥がされて、血だらけになった。

暗く、みじめで、臭い人間と見なされ、友達と信じていた女子生徒も喜んで多数派へ流れゆき、審美的な劣等感の抑圧から解放されて、陰湿ないじめをはけ口にしはじめた。靴には画鋲が入れられ、体操着には卑猥な風刺画が描かれ、自転車のサドルはなくなっていた。あだ名がつけられ、おどかされ、放課後は集団に囲まれた。教室で椅子に座るさい、椅子を引かれて腰から落ち、後頭部を座面に打ちつけて怪我をした。

父親は理性の人間だったが、祖父の家系を遡るとき、流れる血はケルトのものだった。ドルイドの教義を置き去りにして、200cmの肉体を血の掟に従わせ、白昼堂々、娘を傷物にした青年にすべきことを行った。理性は衝動に敗北した。彼女は現在、父母ともに死んだとしているが、父親は獄舎のなかで生きている。彼はドルイドの教えに背くべきではなかった。家族の行く末は悲惨をきわめた。彼女は家族の苦しみに悩み、眠る間もなく自分を責めつづけ、美しい身体を巨体のように思い込み、足を切断せんばかりに憎み、摂食障害となり、うつ病も重なって、かつての健康的で光輝かしい笑顔とみずみずしい肉体は骨と皮だけになり果てた。

約10年後

陰謀論者と呼ばれる人たちに、きわめてなじみの深い外資の会社の末端で、骨と皮と影のまま、彼女は生きながらえていた。優秀だったが、薬のせいか、頭の回転が年を重ねるごとに遅くなり、ミスが目立つようになっていた。この頃にわたしは彼女と知り合っている。二十代後半。瞳の色彩に輝きはなく、自分が生きていることを蔑んでいた。私服で足が露出するものは穿かず、いつも何かに怯えている。自信がなく、上司に軽く指摘されるだけでからだが震える。叱られると涙を流し、怒鳴られると過呼吸を起こす。

与えられるべきは精神の休息だった。しかし……わたしが逃げたら父と母を裏切ることになる、父はもっと苦しんでいる、わたしの苦痛はわたしの責任、乗り越えられない苦悩はない、そして偉人の箴言を引用して、「苦悩なくして進歩なし」。

だが進歩する必要などなかった。両親も彼女の苦悩を望んではいない。登るべき山があるのなら、高ければ高いほど、休みながら行くほうが着実で賢い。彼女は首を縦にふらなかった。休職はせず、戦場に向かうような気持ちで会社へおもむき、栄養不足と過度のストレスから幾度も倒れたが、頑張りつづけることを選んだ。

だが先日、ふたたびミスを犯して上司に怒鳴られた。荒々しく、また延々と続く上司の説教のなか、男の唾が、彼女の顔にたくさん飛んだ。汚く、臭かった。すぐにシャワーを浴びたかった。謝罪を重ね、恐怖と唾の不潔に耐えきれずに早退した。帰り際に放たれた言葉。「お前が男ならなぁ。半殺しにしてやるのに」

これで彼女は降参した。辞職届を出し、もう戦えないと言った。
彼女は今なお、上司の顔と言葉、その場面が頭から離れず、怯えており、恐怖と苦しみに何とか耐えている。このことは、私が書くことを勧めたブログの最後のエントリーで彼女自身が書いている(追記:12/25現在彼女は新たな投稿を開始した)。

トラウマの治療

苦痛の治癒は瞬時だが、トラウマの治療は時間がかかる。情緒、つまりアストラル体に濾過されたフォースは、高位のエネルギーのリズムを負荷することで容易に消散することができる。全く瞑想をしたことがない彼女ですら、たったの一度、教えただけで体験を一瞥した。その感覚は彼女を驚かすには十分だった。彼女は瞑想に畏敬の念を持つようになった。彼女はいずれ、苦痛も悲しみもない、内域の一なる世界に招待されるだろう。すべての苦しみの意味を知り、何もかもをも手放して、自由となり、苦闘は報われるだろう。

ただし、トラウマに関していえば、マインドの根深いところに巣くっており、思考と記憶から自由でなければほとんど治癒は難しい。情緒としての苦痛から自由になることは難しくないが、トラウマの軛からはまだ逃れられない。別言すると、恐怖から解放されている弟子はほとんどいない。専門的に、第三段階のイニシエートでなければ少なくとも難しい。例外として、マインドの超越が、通常よりも早い段階で永続性を持つようになった場合、その者は全てから自由である。

世界の仲間たちがトラウマに苦しんでいる現在、いかにして彼らを助けうるだろうか。少なくとも盲人が盲人を導くことはならず、各々の段階にある者が理解をもって最大限に注意深く精神を扱う必要がある。現状、この点において、世界にあってトラウマを治癒しうる専門家はまずいない。肉体の病気と同じく、運命のなかで起こるべくして起き、去るべきときに去るものがある。人間において、何が運命かを知ることはできないが、起きたことが運命だったと知ることはできる。道は遠いが、一つひとつ、瞑想の階段をのぼるよりほかにない。すべてを諦め、障害のある人生を受け入れ、トラウマと闘うことなく、精神の深遠へと、瞑想によって沈潜するよりほかにない。そこはトラウマが到達できない美の恵みが広がっている。

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