秘教

レオナルドとイエスの死

前記事における高瀬様のリクエスト投稿となります。

レオナルド・ダ・ヴィンチの箴言

充実した一日が幸せな眠りをもたらすように、充実した一生は幸福な死をもたらす。(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

一つ目の解釈として、「幸福な死」という表現に注目してみましょうか。これは、死のあとの生、死のあとに存在し感覚しうる主体を連想させます。少なくともレオナルドは、この解釈において肉体の一時性につづく、真の生命の永遠性を確信していたと受け取れます。あるいは単に、文字通り、幸福のうちに迎えた死、であるという解釈もあるでしょう。

二つ目の解釈があります。「幸福な死」とは、死後に感じる幸福や満足ではなく、生のさなかで死ぬことの幸福を説いたという解釈です。こちらが正しいと思います。生のさなかで死ぬものは自我であり、彼の場合はさらに魂でした。ベンジャミン・クレームのイニシエートリストは、少なくとも啓発的であり、信憑性という点での精緻な研究にあたり、高い信頼度を認めないわけにはいきません。

それによるとレオナルドは、4.4段階のイニシエートであり、光線構造が(4 7 7 4 7)- 上から魂・パーソナリティー・メンタル体・情緒体・肉体- であると記されています(偉大な芸術家を生み出す4と7の光線しかないことはきわめて稀であり特筆すべき点です)。簡易的に言えば、第3段階のイニシエートは諸体を通して生きる魂そのものであり、人格を超越します。第4段階のイニシエートは、魂すらもより高次の生命においては檻となり、破壊されます。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、「充実した一生」というものを彼の魂の光線である第四光線を通して生き、いずれかの年齢で磔と放棄のイニシエーションである第四イニシエーションを受けたはずです。彼の言う充実とは、けっして、利己的で原始的なものに言及しているのではなく、内的な生の充実とそれに伴う外的発露について話したことは明らかだと思います。これにより、「幸福な死」つまり個人である自我の死(第三イニシエーション)、霊と物質の結合によって生じた魂という器の終焉(第四イニシエーション)、これらの死の素晴らしさについて言及したはずであると考えます。ただし、彼の表現はどの段階の人にも個人的解釈を提供する書き方になっていることは確かです。

ナザレのイエスの死

イエスは第四段階のイニシエートであり、光線構造は(6 1 1 2 1)でした。ゴータマ・シッダールタをオーバーシャドウしたのが仏陀であったように、イエスをオーバーシャドウしたのはキリストでした。キリストはイエスの肉体を借りることで、偉大な愛の性質を大衆の意識に広めるとともに、イニシエーションの象徴をイエスの人生を通しあらわしたものと解釈されます。アリス・ベイリーの「ベツレヘムからカルバリー」はこの点において興味深い書物です。

イエスがゴルゴタの丘で磔にされたとき、彼は弟子であるイエスとして、第四段階のイニシエートが証明すべき、すべてのものの放棄、魂すら破壊しなければならないという極限の試練に直面します。ここで改めてベイリーの書物を読み直すと、以下のような記述があります(※はわたしによるもの。……は途中省略)。

「彼は三時間(※三は神性と完成した人間の象徴)にわたり、暗闇のなかで、神と魂の関係という問題と格闘した。霊と魂が融合され、一つの偉大な統一体に融合されなければならなかった――彼がすでに魂と肉体を融合統合し(※第三イニシエーション)、その完成を変容において証明したように。そして突然彼は、過去のすべての達成、自分が行ったことのすべてが、自分が人間としてしなければならないもう一つの一体化の序章にすぎないことに気づいた。……つまり、自らの魂を放棄しなければならなかった。そして、この放棄においてすべてが危険にさらされるということを一瞬にして認識しなければならなかった。自分が神の子であり、肉に化身した魂であるという意識(彼はそのために闘いおのれを犠牲にしてきた)さえも消え去らねばならず、すべての接触が奪い去られなければならなかった。彼には、人類だけでなく、神にも見捨てられたように思えた。自分が信頼してきたもの、つまり自分が間違いないと感じてきた神性が感覚に関係していることが分かった。この感覚も超越しなければならなかったのだ。そのため、すべてを放棄しなければならなかったのである」アリス・ベイリー(ベツレヘムからカルバリー p.287-288)

彼の死にとどまらず、すべての偉大な存在の特徴は「犠牲」ではないでしょうか。われわれの惑星のロゴスの別名が「大いなる犠牲」であることはよく知られています。イエスの死は人間的な感覚からすると「残酷な死」であったかもしれませんが、レオナルドが言ったように、この犠牲という充実したイエスの生が、霊的に「幸福な死」を迎えさせたのだと思います。彼は人間的な最後の感覚の枷を打ち破り、自由になり、そして復活したのですから。




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コメント

  • コメント (1)

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    • 高瀬
    • 2018年 11月 30日

    ありがとうございます😭
    いつも丁寧に答えて下さって感謝しています。どんな質問にも私が求めていた答えを上回っていて、ただただ感心します。また疑問に思ったことで、自分なりに調べても分からなかったら教えてください。

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