パワー

力のはなし – 2 –

朝起きて不調だとする。何らかのイメージ、肉体の感覚、誰かの顔、いくつかの記憶がわれわれの脳裏に去来する。「そのせいで嫌な気分なのか」といい、よく見ないまま、このある種の苦痛を押し殺し、仕方なく活動を開始するなり逃避する。われわれは思考と言語の世界に生きているため、自分に対する感覚、つまり効力を及ぼす力については、見るよりも前に、思考と言語の世界で処理してしまう。ここに、動かされているだけの人間の姿があり、眠りがあり、無知ゆえの悲しみがある。

「進化段階」という、一時的で便宜的なあやまった概念を使うことがある。この進化段階という考え方から話すとき、より高い段階の人間、すなわちより意識が拡大している者ほど感受性が発達していることをわれわれは理解することができるはずである。したがって、感覚つまり力に対する鈍感さと敏感さがわれわれ人間のなかに存在する。未発達である場合、多くのことが自身にとって問題にならない。また発達しているほど、些細なことさえ等しく重要な問題となってくる。要点をいえば、つねに力に気づいていなければ己れを掌握できない、という事実に謙虚になる。

このようにして、気づいていない状態が人間にとって苦痛になるという段階がやがて訪れる。欲望があり、満たすように働きかけてくる力に対し、無自覚のまま従うことはできなくなる。嫌な気分のとき、その原因を変えようとすることもなければ、嫌な感覚を紛らわしてくれる何かに逃避することもない。そういうことは、高度な感受性ゆえ、より苦痛を助長するものと認識され、できなくなるだろう。われわれにとっては、見ていること、気づいていること、その感覚、効力を及ぼしてくる力とともに目としてただ在ること、これが内的な基礎状態となるだろう。このようにしてのみ、目覚めており、真の自分ならざるものとの同一化からおのれを守り、”無自覚という苦痛”の原因である自我への偏極から脱することができることを、われわれは知るだろう。

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