分類不能

名づけえぬもの -1-

わたしは川のほとりを歩いていたが、せせらぎの音も、みなものきらめきも、わたしには届かなかった。精神が処理しうる許容量を現実がこえるとき、人は言葉を失い、思考の去来さえ機能を停止する。茫然自失であり、夢遊病のようになる。右手のすることを左手が知らない状態であり、思考がないため記憶もなく、意識は世界を拒絶する。処刑直前の死刑囚が覚醒してしまう事例があるように、それは自我を構成するみなもとの力を虚空にし、一切の放棄が自動的に行使され、悟りを開くものたちに起こる終焉に近しい極端に、人を岸から岸へと船渡しさせる。

わたしは川のほとりに腰を下ろし、誰かと話していることに気がついた。眠りから醒めたのか、眠りにまた落ちたのかは分からない。瞳孔がひらいており、まぶたが痙攣していたが、話している相手は自若としていた。老いた者なのか、若々しい者なのか、判断がつかなかった。わたしはまるで手踊り人形であり、何を話しているのかさえ知らなかった。理解できるのは、この者と話している、あるいは近くにいるだけで、湖のように静かに、そして平和になれるという感覚だった。

わたしは川のほとりであたりを見回し、ここはどこだ、とひとりごちた。ここがいわゆる三途の川であり、かつて自分であった男が死んだのか、それともまだあの男であり、あの男の両目で世界を見渡しているのか分からなかった。視力が回復し、思考が働きだすまで時間がかかったが、すべては永遠のような一秒のなかで起きており、時間という枠組みとは無縁の域で、前後左右のつじつまが合い、錯綜していたものがわたしという感覚のなかに収束していくのが分かった。

彼はわたしより十ばかり若い青年だった。真夏のまぶしさがあり、肉眼でその容姿をながく見つめることはできなかったが、冬のように厳かな美に包まれていることは分かった。若者であり、老いた者だった。熟しており、なお、つややかに輝いていた。ここがどこであり、あなたが何者なのか、そう問いかける前に彼はいった。ここは、あなたの家の近くなのですが、見つけにくい道をいくつか通る必要があるため、あまり知られていないのです。彼は立ち上がり、手をひらいて道を示した。木々と葉叢に覆われて、どこが道なのか分からなかった。わたしたちはともに歩きだした。

彼は名前を教えてくれたのだが、わたしの耳には聞こえなかった。彼はそれを理解してくれた。君は、とわたしはいった。

君はいつからわたしと話していたのだろうか。つい先ほどから。
わたしは問題を抱えているはずなのだが、それがわたしとは無関係のようにいま感じられるのはなぜだろうか。もともと問題などないのです、人がそれを問題にしてしまうのです。
なぜわたしは問題にしていたものを、いまそうしていないのだろうか。あなたの感覚が、本来のあなたであるものと一緒にいるので、守られており、精神の平和が乱されることがないのです。
本来のわたしであるものとは何なのだろうか。名づけえぬものです。名づけられたときそれではなくなるものです。
それはわたしのもとから去るだろうか、再びわたしは問題に悩まされるのだろうか。それは去ることはありませんが、人がそれから去るのです。そして何でもないものを、自分で問題にしてしまうのです。

ひどく不思議な会話だった。時間の感覚がなく、あったとしても、きわめてゆったりしており、そしてこころが静かで、幸福にみちていた。それなりの距離を歩いた自覚はあるのだが、すべて二秒のうちにおさまっていた、そう言われてもわたしは驚かないだろう。それなりの会話をした気もするが、沈黙と静謐がつねに中心にあった。森を抜け、路地をつたってちょうど家が見えはじめたとき、わたしは彼にいった。また会えるだろうか。もちろん。彼はほほえみ、いつもあの川にいるのだと教えてくれた。私は道を覚えていられるだろうか、道を間違わずに川へと辿りつけるだろうか。あなたが迷ったときには迎えにあがります、注意して、わたしを見落とさないでください。わたしは感謝のことばを述べ、現実世界にありながら、現実感のない異質な感覚で、そのまま家へと帰った。




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