弟子道

恩寵

例えば、メンタル的な騒音は、アストラル的な騒音の鎮静が土台であり、その逆はない。これは瞑想する者には自明である。アストラル体の騒音、つまり雑多なあらゆるアストラル・フォースは、アストラル体がそれなりに静かであれば自我の感覚を保ったまま、自在に操作できる。しかし、雑念のようなメンタル・フォースは、自我そのものであり、自我によってはどうにもならないことも明らかである。そのため、止むことのない想念の嵐に弟子は立ちすくみ、おびえて、圧倒される。どのようにしても私がいるかぎり、想念は強まるばかりであることを知る。そして、どうする必要もないことを分かってはいても、自我ゆえに、どうすれば良いのか分からないと絶望する。これは再びより高い螺旋状における自己中心に陥った罪であり、速やかに自我である自分の進歩などないことを知り、諦め、何もかも自我や意識の為せるわざではないことを思い起こし、唯一なる者を信じて、冷静になるべきである。

このように、次のステップに大きな障害があり、不可能に思える状況のなか、信を失わず、自らの魂に冷静であり、ただ誠実に現在へと邁進し、おのれを捨て、愛と善と正しさのみを表現し生きんと貫くならば、助けがあるだろう。それは大きな助けであるかもしれず、時間を置いて、小さな助けが複数回にわたり、助けであることを理解しない場合もあるだろう。それは魂の刺激であるかもしれず、イニシエーションか、イニシエーション間の小さなイニシエーションかもしれず、自らの内的な師によるものかもしれず、また外的な肉体をまとった教師による直接的なものであるかもしれない。いずれにせよ、結果として意識が拡大する。出来なかったことが出来るようになり、知らなかった意識状態が肉体脳における現実となる。このような支援は、弟子の真剣さ、真面目さ、素直さ、正直さ、心の美しさが招き寄せたものであり、また偉大なる存在方の途方もない慈悲を示すものである。

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