存在

感謝

登山家が滑落事故で命からがら生き延びたが重症。孤絶した山の中、飲まず食わず、痛みと寒さに耐えながら、一日、そしてまた一日。意識は朦朧となり、助かる見込みがないことを一人悟る。希望は潰え、すべてが闇である。しかし光が見える。錯覚か。いや、救助隊だ。「自分はここにいる!」彼は残る力を振り絞って叫ぶ。「今助けてやるぞ!」救助隊がやってくる。死ぬものと思っていた登山家は、感謝のあまり涙で顔を濡らす。見捨てられたと思ったが、そうではなかったのである。

魂が見放すことはない。魂との合一のみが幸福であり、他は全て苦痛である。もし、瞑想との断絶が起こり、魂と切り離されるようなことがあるならば、私は耐えられないだろう。気が狂ってしまうかもしれない。ただの自我に戻るならば、私は完全に無力である。だから苦しみのあまり、死んでしまうだろう。

しかし魂は見捨てない。魂を求める者を見捨てない。自我が何度失敗し転落しようとも、魂は見捨てない。このお方こそが慈悲であり、希望であり、喜びであり、いのちである。このお方から私は離れられない。このお方だけが私を救ってくれたのだから。自我として私は重症だった。生き残る見込みはほとんどなかった。しかし光は訪れた。私は引き上げられた。だから、このお方のために私は全力で献身する。そして、苦しみの中にあるどのような兄弟の内にも魂は存在していることを伝えたい。そこには何の分離もなく、愛だけがある。だから瞑想と自己犠牲を通し、みなに魂を求めてもらいたい。その素晴らしさは言葉にならない。重症の者は瞬時に癒やされ、苦悩のどん底にある者は瞬時に至福の喜びに満たされる。これこそが天国である。神の御国である。おのれを捨て、すべての所有物を手放した者に開かれる涅槃である。魂に願う必要はない。魂はすでに我々を見ておられる。だから私たちの態度は、感謝しかありえないと思うのである。あとは、我々がすべてをかけて求めるか否かである。

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