意志

無痛の涙

暮れ時の空にかかる、淡い赤と青の色彩に見とれているうちに、やがて夜がやってくる。ぼくらは星々を仰望したいのだが、立ち並ぶ高層ビルのあちこちに電気がついている。人々は沈鬱な顔でパソコンのモニターに目をこすり、外では羽目を外してビール片手に笑いさざめいている。仕事と残業はいつまで続き、またやけ酒と酩酊の日々をいつまで繰り返すことで、ぼくらは星々を忘れ続けるのだろうか。感受性は、いまや苦痛と欲望の暗い色彩で塗りつぶされている。だがそれはレイヤーでしかない。背後には無空のきらめきが闇に忍んで輝いている。心理的な無痛というものは感受性を奪い取る。自我が危機に瀕するときにのみ、ぼくらは火急の、あるいは死活問題として、真剣にものごとに取り組むだろう。物心のついていない子供のように、夜はテレビではなく空にまたたく星明かりに歓びを見つけるだろうし、有象無象の音楽や無駄話ではなく、耳朶は自然の響きと内なる声へと傾けられるだろう。幼い子供が泣き出すとき、それは無痛による大人の鈍感と盲目に対し、哀れみの涙をこぼしているのかもしれない。

その子供は九歳にして生きるべきか死ぬべきか悩んでいた。学問はおしなべて優秀だったが、とりわけ語学に堪能で、英語とドイツ語に関してはいかなる専門書であれ原文で読んだ。シェイクスピアをこのうえなく愛し、秋毫も誤ることなくいくつもの作品を諳んじることができた。そのためゲーテやシラー、ブレイクやブラウニングなどを読むときは、その天分の低さに落胆の眼差しを向けざるをえなかった。むしろラシーヌのようなジャンセニスムの神髄に通ずる言葉の重みに目をみはり、電車のなか、学校や塾の往き帰りには、新たなる師への渇望としてフランス語の習得に余念がなかった。

彼は明らかに周りの九歳と精神の熟度が異なっていた。しかし身体が弱く、病気がちで力もなかったので、ひどくいじめの対象とされていた。父親と母親のことを、自分の息子と娘のようにあやし、仮面をつけて言葉巧みに取り扱っていたため、相談する相手も、シェイクスピアとおのれ以外になかった。だが殴る蹴るといった肉体への苦痛は激烈さを増すばかりで、強靱な速度で半円を描くブランコの前にいきなり突き飛ばされて眼窩底骨折の重傷を負ったとき、ようやくいじめに気づいた両親があわてふためくときでさえ、病院のベッドの上から、二人を安心させるために慰めの言葉を慎重に選び、怒りに荒ぶる大人の精神を、知的に、静かに、落ち着かせてやることを忘れなかった。

「人の顔には意志と必然とがあらわれるが、それは個々の意志や必然を超えたものなのだ」

入院中、夜も眠れず、彼は詩人の言葉を思い出しては口に浮かべ、純粋な魂を力づくで奪い取る人間の原罪と獣性、つまり物質というものへの哀れみに絶望を覚えずにはいなかった。彼はいじめに対しては甘んじて困難を受け入れるだけの理解と信念があった。自分をいじめる全ての人間の顔にたたえられる狂的な色彩に悲痛な影を見ることはあっても、人間そのものに対して含むところは一切なかった。白を黒に塗り替える背後の意志と力に対して彼は対処の方法が分からず、悩み苦しんでいたのだった。看護婦や医者、同部屋の人間や院内で見かけるすべての顔という顔に個々を超えた二つの力のうち、ある一方がこの世界においてあからさまに優位である事実が耐えがたかったのだ。

彼は自由意志というものを完全なる錯覚と見なしており、背後の一なる意志にしか興味はなかった。それは九歳の眼にあっては残酷そのものであり、未来や希望、幸福などといったまやかしの言葉に対して泣かざるをえなかった。人々の顔を見ては、その顔をその顔たるものに蠢かしている背後の力におそれを抱き、あらゆる人間がその力に無痛であるさまにたえず号泣した。彼らには見えないのか、彼らには感じることができないのか。このような世界が意志されている理由が分からなかった。世界はこの暗闇からいつか脱するだろうが、ふたたびより高い螺旋上で暗黒の季節を迎えねばならないことは容易に類推できることだった。

彼の哲学的苦悩は頂点をきわめつつあった。そのとき、神秘の力が思いがけぬかたちで働きかけるのを九歳の眼は見逃さなかった。彼は認識への入り口を見つけ出したのである。いや、むしろ苦悩の扉から抜け出したあと、そこが入り口になったことに気づいたのである。彼は主観的な意識から客観的な意識へと放り投げられた。夜に突然あがる花火のように、音と光と色彩が、あらゆる物質の背後で歓喜に息づく生命として輝くさまを体験した。彼はこのとき意志を超越することで意志を理解した。そして、すべての知識や錯覚から自由になり、享年九歳の死を生きながらにして迎えた。生は個々を超えたものとなり、意志は美のなかで観照されたのである。




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コメント

  • コメント (3)

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    • あい
    • 2018年 12月 01日

    本当に高い状態でないと、この様な文章は書けないと思います。これは一朝一夕で身につくものではない。これからもご投稿楽しみにしてきます。

    9歳の少年、自分のあるべき場所へ旅立つ光景が目に浮かび、物語とはいえ、一人取り残された気分になりました。全ての感覚が今とは違う世界へ私も気づかないといけない。何が自分からそれを隠しているのか考えさせられます。

    • 田代
    • 2018年 12月 02日

    カテゴリーにあるSEVEN RAYSというのを拝見しました。あちらは何ですか?興味深いので教えてほしいです

      • Author
      • 2018年 12月 03日

      おそらく膨大になるため、
      参考になるような箇所を引用しながら、
      次の記事で、概略的なかたちで書いてみますね。

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