エネルギー

病気の原因と治療

すべての病気はエネルギーとフォースの、またフォースとフォースの衝突というあやまった関係づけのなかで生じる。それは無知と盲目の結果であり、逆説的に言えば、治療のためには智恵と目が必要になる。すべての学ぶ者は、エネルギーとフォースが存在するすべてのものの総和であるという基礎知識のうえで、日常生活のなか、エネルギーとフォースの違いを識別し、理解し、フォースに対するエネルギーの適切な関係づけを、アジュナ・センターつまり第三の目から絶えず行使しなければならない。それが、離れ立ち見る、ということであり、意図的に、潜在的により強度の高いエネルギーを、現実的かつ一時的に効力を及ぼしている固定されたフォース、つまり対象となる形態に向けて照射しなければならない。これは内界の初心者に強いられる最初の課題の一つである。

瞑想を科学的に行う際、フォースに対するエネルギーの在り方は最も基本的な習得項目である。瞑想とは何だろうか。あるいは、自分が採用している瞑想法とは何だろうか。それを言語で表す必要はない。それは言語の領域の話ではないからである。ラマナ・マハリシが「わたしは誰か」と言い、ニサルガダッタ・マハラジが「わたしは在る」と言い、クリシュナムルティが一切の否定をもたらす気づきを語るとき、われわれは観念としてそれらを私物化することで理解したと思い込み、それをおのが瞑想に適用しようとするが、やがてそれが私的な偽りの形態でしかなく、凝結したフォースでしかないということに気づくとき、エネルギーの流入する器であり、かつエネルギーそのものであるわれわれは、彼らの言語の背後にあるアイデアを理解し、その純粋なる立ち位置(つまりunderstand、下に立つ引き下がる離脱の能力)と主観的な力点から、固定したフォースに働きかけるという究極の治療である物質内の囚人の解放を意識的に行うようになる。瞑想もまた治療なのであり、もしくは人間における最大の治療であり、エネルギーとフォースの理解に基づく科学的で純粋な営みにほかならないことを知るだろう。

衝突はこのような理解のもとで回避される。無意識に、気づきなく、「わたし」として行動することで眠るとき、絶え間のない衝突と抵抗による軋轢は避けられないものとなる。この感知されるべき大なり小なりの苦痛が、われわれの精神や肉体において病気という一つのしこりを生み出す。そのため、苦痛を見るということの重要性は明らかである。意識が拡大すればするほど、感受性の域も広がり、一般の人が感じることのできないあらゆるものの潜在的な苦痛性をも意識内に共有されるようになり、そのいわば緊急の救命要請が、われわれに、エネルギーとフォースのあやまった関わり方を、衝突ないしは軋轢として見せ、感じさせ、そして正しい関係づけとしての、ただ見るという存在としての純粋なエネルギーの方向付けを教えてくれる。

コメント

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  1. こんばんは(o^∇^o)ノ
    治療について質問したので記事にしてくださったのでしょうか??

    しっかり時間をかけて、何度も読みました。

    ただ、私の頭ではついていけないのが現状のようです(x_x;)

    今日、AABライブラリーさんで、
    アリス・ベイリーの「秘教治療」の上下と、
    「イニシエーション」を注文しましたよ!

    勉強してみます。今から届くのが楽しみです。

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