孤独

社会に取り残された男

開口一番、さびしい、と男は言った。三十をすぎた会社員だが、驚くほど童顔で、しかも華奢だった。傷つきやすく、物事に否定的な反応を下す癖があり、うつ病を長く患い職を休みがちであった。光のささない地下の部屋に住み、苦しげな吐息を間歇的にはくことで、何とか、精神の崩落に持ちこたえているようだった。「こんな世界」と言うとき、さっと狂気めいたものが目に走り、数々の屈辱的な思いがよぎるのか、いったん間があく。下顎が顫動しているのだが、このときはじめて、うぶ毛のような、細く、色素の薄い髭がびっしり生えていることに気がついた。

「誰も見向きもしません。誰も僕のことを分かってくれません。家族というものも、所詮は名ばかりのものなのです。両親ともに、まるで僕を避けるかのように、眉間に皺をよせ、仕事に神経を尖らせています。本来なら、もっと重要であるはずのわが子に対し、上辺だけでも時間を割いてよいはずですがね。日に五分とありません。見捨てられているのです。自業自得ではないかと父に言われたこともあります。優しかった姉も、僕のことを疎んじています。僕は、両親も姉も大好きなのに、なぜでしょうね。こんな人生、はやく死んでしまいたい。そうしたら、みんな僕がどれだけ苦しんでいたのか、そのときに分かるのでしょう」

涙ながらに彼はおのれに饒舌であり、およそ二時間、千万無量の思いで嘆きの言葉を吐き、そのじつ、人間たちに助けと理解を求めている。致命的なことに、自己憐憫が、あやまった自己認識による錯覚であることに気づいていない。彼の精神は、成長の糧である困難から、ことごとく逃げおおせてきたのかもしれない。わたしはひたすら聞き手として座った。なにごとか話しかけようとすると、彼は恐れてしまう。瞳孔がひらき、押し入れに閉じ込められる子供のように、自己防衛のための恐怖が彼を支配してしまうのだ。

彼の問題は、満たされない自分の原因が、人々と世界にあると信じている点にある。彼が今後、世界で注目を浴び、彼好みの舞台で満足のゆく生を享受することはないだろう。容赦なく歳を取り、頼れる家族が一人、二人といなくなり、最後の勇気が自殺にさし向けられこともありうるだろう。今できることは、彼の話を親身に聞くことであり、わたしが友人であることを彼に証明することであり、互いのなかに信頼を育むことである。話はそれからであり、積年の辛い記憶が条件付ける彼の反応に治療のメスを入れるのもそのあとである。

彼は本当の自分を知らない。弱く、辛い生き方をしてきた童顔の男は、本当の自分と関わりがないことを知らない。そのため、見ている世界だけが唯一にして現実であると思い込んでいる。もしそうであるなら、世界は地獄以外のなにものでもない。世界のありとあらゆる人間が苦悩に押し潰され、自らの不幸が描き出す、自分好みの幸福にしがみつくことで、何とか自分を持ちこたえるしかない現在、宗教家も、医者も、教育者も、人道的団体も、その多くが、おのれの欲望が第一であり、おのれの問題すら解決できない人たちで構成されている。

教育はうまくいってないのではなかろうか。大人と子供の区別が、年齢で隔てられるのは無慈悲ではなかろうか。世間に取り残された子供たちも、精神が子供の大人たちも、刑務所で罰を受ける人間たちも、彼らが被害者でしかないという見解が科学的に正当なものとなる時代はやってくるのだろうか。治療と教育は、身体と精神の罰によるものではなく、ましてや見捨てることでもなく、その者の反応や言動を条件付ける、心理の奥深い構造のなかに見いだされねばならない。新しい時代の心理学は、同時に医学であり、教育であり、科学でなければならない。エネルギーとフォースに通ずるオカルティストが、当面は、苦痛の対処法を教える先駆けの者になるだろう。けっして、人間そのものを罰することはなくなるだろう。

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