恐怖

精神のストーカー

こころの痛みから逃げのびて、なでおろす胸に、幸福の感覚を抱き、晴れやかな笑みにくちびるを緩ますとき、安全への過信がうまれ、精神の奔放を許しはじめるのだが、まだ気づいていないのだ、生の安泰が束の間であり、不注意な笑みが崩壊の引き金になるという教訓に。

逃げる者に欠かすことのできない存在は、追いかける者だ。精神の追っ手に至っては、捕獲する衛兵も警備もありはしない。人間の目が、むしろ後頭部についていたなら生はより簡単であっただろう。彼女は振り向くよりも前を見て走る。精神の追っ手は、人間が精神のなかでしか存在できない事実にほくそ笑み、あらゆる隙間や弱点をおのれの利とわきまえて、逃げる目が監視の機能を持たないことをよそに、内部から精神をむしばみ、やがて闇の衣で世界という精神を覆い尽くす。そして彼女の顔は病み蒼ざめて言うのだ。わたしは絶望していますと。

痛みを覆い隠すもののために、彼女は精神の満足を世界に求め出す。獲得するために、みずからの純粋を黒の祭壇に捧げて、自分を支配しているものが、自分自身ではなく、追っ手の存在を忘却に消し去る代用物への執着となり果てていることに気づかない。なにしろ、逃げているのだから、目が追っ手と精神のほうに向きようがないのだ。彼女の目は外に向かって光を投げかけている。なんという光の無駄遣いだろうか。なんであれ、この外部の代用物が、麻薬のように常習性があり、なおかつ永遠に人を幻覚に閉じ込めうるという事実に気づかぬかぎり、彼女は踵を返さないだろう。追っ手の方へ向きなおり、彼と挨拶し、親交を深め、やがて愛にみちた抱擁で闇と病みに光をもたらすことはないだろう。




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