分類不能

苦痛を見た至福の青年

その青年は、じつにみごとな体躯と容姿を持ち合わせていた。立ち歩くさまは優美にして堂々、都雅な衣服に身を包み、他を圧するばかりの肩幅と長身には目をみはるものがあった。振る舞いはまめやかで好もしく、家柄の良さと折り目正しい品格とが、彼の空気となり周囲の注目を呼びかけていた。そのじつ、相貌は白く蒼ざめたものがあり、寂として冬の色彩を帯びていた。世の中に伏し目がちであり、控えめな口調に時折り見せる笑顔には、苦痛に寄る辺なく生の暗礁に乗り上げたものにありがちな、絶息するほどの悲しみが、美しい頬とくちびるに影を残していた。あの青年はみずからを謳歌していない、そう誰もが感じ取ったであろう。町では屈強な伊達者として通り、女からは敬われ、親からは自慢の息子と喜ばれたであろうし、きらびやかな幸福に一度ならず恵まれてきた経験の近侍であるかのように思われたが、ともすると彼が見てきたものは、冥邈たる外の地獄、そして壮麗なる内の天国であったのかもしれない。

わたしたちは、遙かなる都会の錯雑たる橋の半ばにて邂逅をえたのだが、それはじつに不可思議な歩みのうちにあった。互いの目を見て一瞬、その者の時と人品とを一なる魂のうち、互いに包含することがある。われわれは言葉を介することなく挨拶を交わした。彼という住所のなかにいわば入り込み、彼もまたわたしという住所に可能な範囲で満ち足りたものを共有した。互いの立ち位置と、彼のうちに隠されたものを感じ取った。まさに血を分けた兄弟のごとく、われわれは母親の胎内に入り、人々の喧噪にあって隔絶の膜を張り、往昔を回顧するかのように話をはじめた。

「子供の頃を思い出します」と青年は言う。「外的な楽しみというより、むしろ内的な『私室』を好み、自分であって自分ではない、神秘的な者、むしろ感覚的な存在者とだけ親しくしており、なかんずく、音の世界には敏感で、あらゆる生命の持つ音色というものを人知れず楽しみ、昼となく夜となく、喜びを分かち合ったものでした。親にも周りの子供たちにも、この楽しみは隠さなければなりませんでした。私が見るものや感じるもの、そして耳を喜ばせるものに対し、人々の感覚は素通りになっていたのです。当時、わたしの疑問はというと、人々から生命の声を閉ざしているものが何なのか、というものでした」

幼いあなたはその理由を分からぬまま、人々と同じく年齢を重ね、時を歩み、そうした純粋な知覚が失われていくことになった。

「わたしは子供の頃の秘密の花園を忘れてしまったのです。あの音も、色も、香りも、すべて内から閉じられました。わたしは、身体が成長するにつれ、自分の力や影響力というものに溺れ、獲得するために人々に害を及ぼし、広く人心を収攬して従わせ、衝動的で破壊的な十代を過ごしていたのです。いわゆる放蕩息子です。さんざん享楽に耽り、悪事を楽しみましたがひとつも前科をつけることなく、小賢しく知的に立ち回り、冷酷さを強みに見せしめを好んで恐怖の扱い方にほくそ笑み、俗にいう左手の道に崇敬の念さえ抱くようになりました。わたしは『物質の操作』にやがて憧れ出したのです」

あなたは歩みを止め、踵を返すにはあまりにも困難な道を引き返し、いま右手の道へと導かれている、その岐路はなんだったのだろうか。

「苦痛です。わたしが重ねた悪事に対する反動は死なんばかりに烈しいものでした。それが警告であるという自覚はありました。ちょうど二十歳の頃、道から逃れるための方法が死活問題となり、あらゆる書物に智恵の助けを求め渉猟しましたが、感じたのは、すべての帰路が閉ざされた、という絶望です。ほとんど、気が狂う寸前であり、壁に頭を打ちつけ、額から流れ落ちる血を舐め回し、最後の一撃で頭蓋を破壊せんと、あらん限りの力で頭を壁に打ちつけようとしたその瞬間、これほど驚いたことは後にも先にもありませんが、それを見ている人間がいることに気づいたのです。信じられませんでした。わたしのなかに、もう一人無言のわたしがおり、そのわたしはあらゆる絶望から離れており、何の非難も人格もなく、ただわたしを見ていたのです」

そしてあなたは言った。これは誰だ! そして真の自己は世界の影響から孤立して自由であり、あなたの劇はただの自作自演で、意識の焦点を背後のそのもう一人に合わせるやいなや……

「言葉をこえた至福に満たされました。わたしは全き観照者だったのです。世界は個人である者ゆえに生じており、わたしの世界、いえ、すべての生命の一なる源である真理はそれを超越しておりました。この体験が岐路でした。それからのわたしは瞑想が生であり、生が瞑想になったのです。ときおり観照に入ることが許されることがあります。わたしは、個人として行動するかぎりすべてが誤謬であることを知り、すべてを放棄して子供に立ち返ったのです。あの秘密の花園で、自然の背後に流れる生命の音楽を聴き、歓喜に沸き立ち、際限なく広がる美に溶け込み、天も地も奈落も一にして、離れ立って見ていた背後の一者に最後の供物であるおのれを捧げているのです。ところで兄弟、あなたはこの体験を今でも覚えておいででしょうか」




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