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人間の繋がり、人間がつくりだす景色が私と出会う時、それを無かったことにしたり、目を背けることなんでできないのではないでしょうか。(現実から逃れられない)

その通りで、目を背ける必要はないです。世界(現実)は様々な景色を見せますが、それで問題ないです。仰る通り「逃れられない」ので、そのままにしておきましょう。そこで、問題だと言うのは「私」です。だから、その「私」を見てみよう、「問題」の感覚を見てみよう、という趣旨です。世界という結果は変えられぬゆえそのままで良いが、そこに問題を主張する私が登場する。その私から目を背けず、その私の状態を許し、その私を迎え入れ、その私と一緒にいてみよう、ということです。

これは難しく考えないでください。ただその感覚と一緒にいてみてください。「問題」の感覚と一緒にいてみてください。成功するなら、一瞬で幸福になります。一瞬で内なる存在とつながります。そこから離れた時のみ、問題が発生します。だから、内なる存在を発見し、それと共に在ることができるようになるならば、少なくともその瞬間は真実であることができます。そこから出る時、自我が好き嫌いを言い出し、プライドが邪魔をし出し、分離意識が強められ、問題が出てくるという話です。自分で作り出しているのです。外は問題ではありませんでした。

たとえば虐待、詐欺、いじめ、裏切り、欲望、争い、怒り、嫉妬、憎しみ…ここには書ききれないほど、人間が作り出せる罪に遭遇することもすべて私の責任でしょうか?

あなたが呼ぶ「私」の責任ではないです。外の世界は何かしらの原因の結果です。内なる存在と調和するに従い、外で結果に抗うより、原因の世界で原因を扱うことが理に適うようになります。その時、あなたが述べられた様々な現象の背後にあるものに接触できるようになり、小さな範囲から浄化の仕事を手伝うことができるようになると思います。他人を操作する事は許されませんが、他人が悪意の表現から解放されるために内的に許される範囲で手伝うことは出来るようになります。

今できる事は、批判や怒りといった、述べられた低い波動に接触し、自分が感染したとき、その状態を批判せず、ともに在ることで、不調和を調和のリズムにその都度、変性させることです。

ところで、あるがままの自分は無敵ですか?周りからどんな批判や攻撃を受けても、あるがままの自分をちゃんと理解したならば、見失うことはないですか?

「あるがままの自分」や内なる存在と接触したとしても、そこから出るならば、より高い螺旋状において自我のままです。しかし、「あるがままの自分」の意識状態は無敵です。「批判や攻撃」のみならず、外的な一切のものは触れられません。完璧です。攻撃も不幸もすべて美しく、全ては本質において私です。そこから出て、低き波動を無自覚に流入させ、感染し、また分離した錯覚の私として振動する時、「見失うこと」になり、元のその者に近い状態に戻ります。

仕事や家事子育ての合間を縫って、2日に一回、体が不自由な義父の家に行き、食事や身の回りのお世話をやっていますが、同じくらい近くに住む実の娘さん(義姉)は忙しいからと全く手伝いません。お願いしても何かと理由をつけます。私も自分の時間なんてありませんし、結構無理をしています。義父を助けたいという思いだけでやっています。この行いは正しいですか?

はい。尊敬に値すると思います。しかし、真に正しくあるためには、「あるがままの自分」の意識に入らねばなりません。自我である限り、分離しているため、批判や怒りの気持ちは大なり小なり避けられません。そのため、なるだけ瞑想し、正しい意識状態に入るようにすることが求められます。外より内へと生きるに従い、やがては、内の幸福と愛が外にこぼれ出すようになります。内が満たされていない時のみ、攻撃性が生まれます。「義姉」の態度であれ、誰の表現であれ、外側はそのままであり続けるかもしれませんが、あなたは内側を知っているため、充足と幸福のリズムと調和し、周りに愛の影響を与え、周囲の表現結果を変える可能性も高まります。

倫理的な正しさが、内なる調和表現による自然の正しさへと成長するとき、全ての問題が幸福と美へ変性します。このテーマは重要であるため、少しでも理解できないことがあれば教えてください。

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  • コメント (4)

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    • 山中
    • 2022年 10月 14日 9:53pm

    心から御礼を言わせてください。久しぶりに人の温かさ、愛情を感じ、嬉しさに現在心がいっぱいです。これまで質問をためらってきたのですが、まさかここまで親身に答えてくださるとは思わず、心から聞いてみてよかったと思えました。教えてもらえた事を瞑想してみます。面目ないのですが、また質問するかもしれませんが、よろしくお願いします。心からありがとうございます。

    • 山中
    • 2022年 10月 14日 10:00pm

    まだまだ辛い現実を目の前にし、「私という感覚と一緒にいる」ことは難しく思ってしまいます。記憶が邪魔をします。人と接すれば接するほど、です。しかし子供の頃はこんな悩みなんてなかったのではと思うことがあります。差別もない、嫉妬も、プライドもなく、ただあるがままに生きていたように思うのです。大人と子どもの違いは何かあるのでしょうか。あなた様の霊性から切り離されたというお話も興味深いです。しかし、普段はなさらない個人的なお話をさせてしまい本当にすみません。このような文章を書かれる方も、わたしたちと同じように家庭を持ち、普通に生活されていると思うと、この世界、または宇宙には、まだ私が出会っていない素晴らしき方々が存在し、宇宙のために良い波動を流してくださっていると思うと、なんだか気持ちが楽になりました。不思議です。

      • Author
      • 2022年 10月 14日 10:10pm

      私の方こそお礼を言わせてください。山中様の質問により、これまでの理解が正確ではなかったと感じさせられるところがありました。今後はより正しく伝えることができると思います。ありがとうございます。

    • 山中
    • 2022年 10月 14日 10:07pm

    誤字脱字が多くなってしまい申し訳ございません。時間がないという自分に焦ってしまう自分も嫌です。子育て、家事、仕事とやる事が尽きず、どこかいつも慌ただしい気持ちを持ってしまいます。あなた様の文章から感じる落ち着き、私もそのように、何があれ、焦らない心を習得できるといいなと思います。
    これからもこちらのブログで気づきをえられますように。
    もしかするとご返信が遅くなるかもしれませんが、本日はこちらで失礼致します。

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