幸福

開陳

それと共に在れ。

しかし、実際は、“それ”の引力に個人が抗えなくなっただけである。静寂の奥深くからの沈黙の歌に、心地よく身を任せることが自然になっただけである。この避けがたい合唱は、聴く耳のあるものをおしなべて癒す。ところで、

遠くから人々の声が聞こえて来る。……

身に覚えがないと彼は言っている。血を流しながら。記憶にないと彼女は言っている。涙で目を腫らしながら。耳に指を突っ込み、それは俺のことではない、私のことではないと否定しているのだが、

本当に覚えてないのである。

しかし、わたしたちは生に不平がある。たえず対立があり、比較があり、こころの落ち着きを乱す何かがある。生きているのが辛いのである。

犬が子供を好きなことを知っているだろうか。大人に見せる態度とは根本的に違う。いつから犬は、無邪気な、友達のように無防備な、好奇とじゃれ合いの対象として、あなたに接してこなくなっただろうか。

個人がまとい、そして放つ、特有のオーラ。……
積み重ねられた結果の、総和としての一種独特な何か。

身を守ろうとするのは個人である。おのれの恐怖に陰で恐怖し、見ざる聞かざるで“おまえであるもの”を保とうとすることが知らぬ間に癖になってしまった。しかし自我が芽生える前、幼い子供時分、数々の悩み、苦しみ、また刺々しさはなかったのである。あの頃の新鮮な眼差しをふたたび今、蘇らせることはできるだろうか。つまり、大人となった今、

自分に幸福を許す度胸はあるだろうか。

20220306前のページ

天真爛漫次のページ

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


カレンダー

2022年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031 

最近の記事

アーカイブ

PAGE TOP