むかしの話

首吊り人

何を恐れているのか、ひどく汗ばんだ額が、ぼくらの知らない恐ろしい日の光によって照らされている、森にさようならを告げようか、弱者よ、ぼくらには、探求への動かしがたい決意がありはしなかったか、子供のからだで、とげとげの雑草のなか傷を負い分け入った、あれは勇気ではない、見つけ出そうというもがきであり、おのれの感覚や反応をためし、目でみてそれを知るための、魂の通過儀礼ではなかったか、首を吊った女の噂は本当だった、いちもくさんに逃げ出した臆病者がいたことを覚えているか、試練に屈したあの連中は、いまでも逃げているのか、人生から、怖いものを見ようとしたのはぼくら二人だけだった、おぞましい肉の畸形にみじろぎもせず、ぼくらの目は飛び出した眼球を見、垂れ流しの糞尿と死の腐臭がいりまじったにおいをかぎ、女の亡霊がいまなお近くにたたずんでいる、いわくいいがたい現在感、悲哀と悔恨のにおいに流されそうになる、この共鳴をぼくらは断固として断った、一瞬が永遠に感じられた数分、いやおそらくは数十秒、やがて無言のまま、おまわりさんのところへ降りていった、報酬として渡されたのは鉛筆二本、受け取ることなく帰った、石ころを蹴り、またきみが石ころを蹴りかえす、家できみは父親に殴られた、あらあらしい大人のこぶしによって、唇が裂けて腫れあがり、赤く染まった歯茎の奥から呪いのようなうめき声が、とぎれとぎれ聞こえてきた、なんて邪悪でみじめな歌だ、錯乱した父親をにらみつけるぼくの目も、ぼくの叫び声も、おとなの軽い一押しで扉からはじき飛ばされ、半ズボンの下に擦りむけた膝、赤染めの光につられて見上げた空はすでに暮れ時で、ツバメが一羽、横切っていた、どこへ帰るのか、どこへ向かうのか分からない、意地の悪い獣の怒鳴り声が、遠く離れてなお、背中に響いていた、勇敢さは、やがて無知によってねじまげられ、人びとのためではなく、おのれのための強さへと、むかう方角を違えたようだ、それがきみに対するやさしい手のひらだとするのなら、きみはきっと変わるのだろう、暗闇をさまよい、自分で自分の首をしめている今のきみに声は届かない、心配せずともきみはじぶんの内側から声をきく、美しい指と手を自由にし、力を内に向けたまえ、強者よ、苦痛が花のように甘美な香りにつつまれて、心地のよい喜びの気持ちに変えてくれることを知っているだろう、涙が涸れた井戸をも蘇らすことも、友よ。




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